印象的な美声とドキッとする作詩の才能を持ったビティは、UKでとても愛されているレゲエ・アーティストだ。90年代初期にビティはハイエンドなブリティッシュ・チャートでトップ10ヒットを生み出していた。

1972年、6人兄弟の末っ子として生まれた彼は、生まれた時にチビだった事からビティと呼ばれるようになった。父のサウンドシステムを聞いて育った事で、小さい頃の思い出と言えば音楽に関わる事が一番多い。The Clovers、 Nat King Cole、Jackie Edwards、John Holt、 Johnny Clarke、 Bob Marley、 Burning Spear 、Justin Hinds等のビッグ・アーティストの歌を毎日聞いていたからから、、、、若きビティは彼の兄達と共に、彼のヒーロー達の歌をジャマイカ盤7インチのヴァージョン(インストゥルメンタル・リディム)にのせて歌い始めた。彼らは学校を卒業する何年か前に、すでに家族のステレオとマイクを独占してしまっていたのだ。

 80年代初頭になる頃には Little John、Barrington Levy、Sugar Minnott、Black Uhuru、そして Michael Prophet等、当時の新しいダンスホール・サウンドに影響を受け、10代だったビティは幾つかのバーミンガムのトップのサウンドシステムでパフォーミングし始め、評判になるには時間がかからなかった。

 彼が学校を卒業する頃にはすでに“音楽で生きる夢を追う事”を彼のハートの中で決心していた。

地元の大学でサウンド・エンジニアリングのコースを専攻した彼は、バーミンガムの成功しているレゲエ・バンドUB40と働いていたAlan Cavesから講義を受けていた。Cavesはすぐにビティのポテンシャルを見抜き、UB40のDEP International Studioでテープ・オペレーターとしての仕事を与えた。
 それは90年代初期に世界で800万枚のセールスを記録した『Promises And Lies』というUB40のアルバムに、実はビッティ・マクリーンがCo-Producedというだけでなく歌でも参加しているのだ。

 最初スタジオでの仕事を忠実にこなしていたが、やがて時間を見つけて彼自身の曲をレコーディングし始める。それらの中には「One I Love」「Here I Stand」「True True True」、そして「 It Keeps Rainin’」等が深夜のセッションで録られていたのだ。

そして、チャンスはやって来る。UB40のヴォーカリスト、アリ・キャンベルが500ポンドを貸してくれた事でビティはレーベル無しの7インチ・シングルを500枚プレスし、ラジオ局に配った。これを聴いたDEP International Studioのエクゼクティヴ、ニール・フェリスはすぐに彼の才能に気づいた。

 フェリスがこのイギリスの無名シンガーを世に送り出したのはブリリアント・レコードというレーベルからのリリースだったが、それは1994年の終わり頃には「It Keeps Rainin’」 (2位)、「Here I Stand 」(10位)、 そして「Dedicated To The One I Love」 (6位)の3曲がトップ10にチャート・インした。またこの成功はイギリス以外の国々でも同様に認められ、アメリカではヴァージンからアルバムが発売された。その後の数年間は、シングルのトップ30のランキングに当然の結果としてビティの名前を見る事ができ、それは結果としてUB40、 Wet Wet Wet 、Simply Redというビッグ・アーティストと共に3つのUKアリーナツアーをまわることとなった。

 しかしビティは90年代後半には、また活動を自スタジオ・ワークやアーティストのプロデュースに戻し、ハワイからセイシェルズ諸島など遥か遠くまで、アーティスト達のエンジニアとプロデュースをした。言うまでもなくヨーロッパやUKのアーティストのエンジニア/プロデュースもしていた。

 2004年、マイクを携えてシーンに復帰してきたビティは、1960年にイギリスでジャマイカン・ミュージックのディストリビューターを設立した、あの有名なジョージ“デューク・ペキングス”プライス(Peckings)の息子、クリス・ペキングスと手を組んでアルバム『On Bond Street』を創った。

 ビティ・マクリーンの最新アルバム『On Bond Street』は、彼が子供の頃に聞いて影響を受けた音楽に立ち戻ったものだ。本作は故Duke Reidのトレジャー・アイルのトラックをベースとしたもので、伝説的サックス奏者の故トミー・マクックが率いたスーパー・ソニックスの素晴らしいロック・ステディのリズムを始め、美しくも温かいアレンジの曲もその当時そのままで使われている。ビティはこれらの30年以上が経過している昔のエレガントなトラックに最大の敬意を表したものとなった。まるでオリジナルのトラックがレコーディングされた時、そこに彼がいただろうと思えるような素晴らしい出来となっている。それはエンジニアとしてのビティの類い稀なセンスとジャマイカン・ミュージックを愛する一人のアーティストが誠心誠意、心を込めて作り上げたものだからだろう。

『On Bond Street』は「Walk Away From Love」でUKで最高の作品を生み出したがまだ彼の最盛期は訪れていない。これからだ!