MUSIC

MOOMIN

 
   

Interview by Shizuo Ishii

2016年8月にRiddimOnlineに掲載された記事です。

90年代末から2000年代にかけてジャパニーズ・レゲエ・シーンを牽引してきたMOOMIN。彼の曲を聴いてジャパニーズ・レゲエにハマった人たち、アーティストになった人たちもいる。ソニー、ユニバーサル、ポニー・キャニオンとメジャーを渡り歩き文字通りジャパニーズ・レゲエ界のフロント・ラインを走って来た男が、久々にアルバムをリリースした。

●まずは、ニュー・アルバム『空き地のヒーロー』のリリースおめでとう。

MOOMIN(以下、M):ありがとうございます。

●俺のところにいる時は(以前Overheat所属)可哀想に(笑)1年に1枚ずつアルバムを出していて、凄かったよね。1年1枚というのがメジャー(レコード会社)の普通の流れだからね。

M:大変でした。そうですね。1番最初の1枚は、それまでの積み重ねで何曲かあったので、良かったんですけど、2枚目の壁っていうのは、すごくデカかったですね。3枚目になったらとてもじゃないけど何をしたらいいか分からなくなったりしてましたね(笑)

●今回は自由に作りはじめて、6年ぶりのアルバムだって?ちょっとそれは間が長いけど(笑)、作らなかったその6年というのを教えて欲しいんだけど。1回途中まで作ってたって話も聞いたけど?

M:そうですね、ある程度まとまっていて、3年くらい前から「今年は出します」みたいなことをずっと言ってたんですけど、そんなこと言ってると出す出す詐欺になっちゃうので(笑)。今回は(MOOMINと共同プロデューサーの)DJ KEINっていう彼が大きな存在ですね。彼は元々東京で昔からMOUTHっていうお店を23〜24年前にオープンしていて、僕もレゲエを始めた頃から遊びに行ってたんですけど。93年頃からの現場での知り合いで。

●そのお店は、どこにあったの?

DJ KEIN(以下、K):東京多摩地区の聖蹟桜ヶ丘ですね。19歳の時に友達のお父さんの居酒屋が潰れて「何かやらないか」ってことになって、ちょうどその頃にゴールドとか、エロスとか、ディスコじゃなくてクラブというものが出来始めた頃で僕らも遊び行ってて「クラブやりたい」みたいになって、やったはいいけどめちゃくちゃなお店でしたね(笑)。

M:色々そんなこんなでお店もクローズしたけど、その後もKEINがサウンドをやったりとかしていて。

K:そうですね、MAVERICKっていうサウンドを昔やっていたんですけど、2008年からは僕1人でオールジャンルで普通にDJを始めて。

M:それで地震がきっかけでKEINも沖縄に来て、そのタイミングでKEINが嘉手納町がやってるStudio KADENAを管理するっていう流れになって。

●それは沖縄のどこにあるの?町が持っているの?

K:沖縄本島中部の嘉手納町という所です。町営で、町民は凄く安く利用出来るんです。引越し先を探してた時に嘉手納町の友人が「どう嘉手納町?ちょうど管理する人がいなくなるスタジオがあるよ」って言われて、行ってみたらそのスタジオが凄く良いスタジオだったので、すぐ引っ越しました。 そして沖縄で久しぶりにMOOMINと再会して、「今スタジオあるんだ」っていう話しをして、見に来て「オー」っていう。

●そのスタジオは、普段は沖縄の人が使っているわけ?沖縄は音楽が盛んだからね。

K:プロアマ問わず地元のミュージシャンや噂を聞きつけた県外からの人も来ています。HISATOMI、寿君、BESとかの大阪勢とか、クリス・ハート、かりゆし58、TEEとかレゲエじゃない人も結構使ったり。三宅洋平の(仮)ALBATRUSの1枚目なんかもそこで。今回のアルバムの為に、来てもらったのがホーム・グロウン、堀口君と、ギターの(小林)YOTAと、KENTAと、あとキーボードの(渡辺)タカヒロさん、あとパブロもドラムで来てもらって、あとGENTAさんも宮古島なんで来てもらって途中でパーカッションとか入れたりして、平屋の民宿を1棟借りしてそこでみんなで合宿してっていう感じ。「時間があったら海行きたいな」なんて言ってたんですけど、やっぱり作業始まっちゃうと結局夜中迄になっちゃうみたいな感じでした。

●今度のアルバムは、正確にはいつから始まったの?

M:4年前ぐらいですかね。KEINの打ち込みのアレンジというか、そういうので始まって最初に作ったのが「しあわせのかけら〜LOVE SONG〜」だよね。

K:最初は、YOTAにもギターを入れてもらったりしたのが1つ完成したんですよ。だけど今回それを全部バンドでやり直そうっていう話しで作り直したのが、まだ1年経ってないよね。

M:そうだね、今年のアタマくらいからそういう動きで。それまでは、3年間のプリプロみたいな(笑)。

●「本当にやろう、今年こそ」という気になったきっかけは?

M:自分の中でも焦ってはいたんですけど、やっぱり夏が来るわけじゃないですか、イベントに来てくれた人に、何かしら新しいことをやってる感というか、ライヴで出せていけたらなっていうのがあって、そういう感じですね。

●たまにMOOMINが歌っているのを観たりして、前より声も出て歌えてるなと思っていたんだ。今は沖縄から全国にライヴに行ったりとか、そういうやり方をしていてそれが凄く合ってるのかなって思ってるけど、そのへんは?

M:いい感じです。もう沖縄に住んで5年経ったのですが、シャワーしか浴びれない体質になっちゃいましたけど(笑) 暖かい期間が長いってのはいいですね。沖縄は海も山も美しいし、色々と刺激をもらえますね。

●最初に沖縄に移ったきっかけっていうのを読者にもう一度。

M:やっぱり地震ですね。原発が無いっていうことも少しあるかもですね。基地はいっぱいありますが。

●だから今回のアルバムは、全て沖縄をベースに作ったっていうことだよね。でもボイスのクレジットに、“Recorded @ TUFF GONG”っていうのも書いてあったけどあれは?

M:タフ・ゴングは、ディーン・フレイザーのサックスと、ジャマイカ人のコーラス。歌は全部嘉手納で録ってます。やっぱりジャマイカは楽しいですね。また今すぐにでも行きたいですね。

K:凄く勉強になりましたね、(スティーブン)スタンレーの姿勢とか、こだわりというか時間のかけ方と丁寧さ、何にビックリって、(彼の)元気なのにビックリですね。10時間以上作業していても最後までバイブスをキープしてて。

M:3日も4日も連続で、ほぼ14時間平均だったね。

●あっはは、スティーブンのテンションがね。分かりづらいくらいハイだよね。

K:あのバイブスで作るから、ああなる。ダンスミュージックだから踊りながら作る。

M:だから人を感動させる音に変わるんじゃないのかなと思いますね。でも、思った以上にそんなに凝った事もしないというか、プラグインなんかもベーシックなものを使うっていうか、そんなに有料の何かを買って、人がやらない様な特殊な事をやるんじゃなくて、ある物で作り上げるというか、そういう部分もね。

K:ジャマイカ行く度に思うけど、こんなラフな感じで、こんないいものが出来ちゃうんだみたいな。日本の凄く細かいとこまで拘って、ここはこうじゃないとダメ、ああじゃないとダメみたいなのが無くて、大雑把な感じでも結構いけちゃうんだっていう感じはしましたけどね。

●でも、スティーブンはジャマイカでは結構緻密なほうだね。彼はキングストンのアクエリアス・スタジオの出身だけど、バハマにあったクリス・ブラックウエルのアイランド・レコードのコンパス・ポイント・スタジオで80年代に働いていたんだ。そこで有名なアレックス・サドキンと言うエンジニアでありグレース・ジョーンズとかデュラン・デュランのプロデュースもした人に混じってジャマイカ以外のセンスとスキルを身につけたからワールドクラスなんだよね。ジャマイカ以外の有名なアルバムだと『トムトム・クラブ』もスティーブンなんだよね。

M:彼がひとつひとつ、自分の作った曲をこんなに一生懸命にやってくれるんだっていうのが嬉しいですよね。持って行った作品に対して、こんなに時間をかけてくれるのかって。最初は3曲の予定だったんですけど、1日予備日を取っていて、残りがスタンレーの予算にはスタジオ代がちょっと足りないかなって感じだったんですけど、「もう1曲、RUEEDとのコンビネーションもやってもらおうか」って話しになって、それでKEIN が「ちょっとこれしか無いんだけど」って相談したら受けてくれて、それでも全然手を抜くこと無く最後までガッチリやってくれて。ずっとKEINも付きっきりで見て勉強したね。感動しました。

K:そういう風にやるのか、みたいな、色々分かりましたね。

●歌ものに関しては、スティーブンは最高に良いよね。さっき言った、コンパス・ポイントで覚えたアウト・オブ・ジャマイカのセンスがあるのね。ジャマイカのシンプルでタフな音も外国の人が真似出来ない凄さがある。俺が話しても仕方がないけど(笑)、レゲエってやっぱり観賞用じゃなくて実用音楽だと思うんだ。要するにダンスで聴いても聴けるバランスとか音とか、だからファッタ(マーシャル)とかバルビーだったら本当に爆音でスピーカー飛ばしてでもミックスするわけ。それがスティーブンは、ちょっと違ってもっと多様性があって、ラジオでかかってもクラブでかかっても良い音。特に音楽性がちょっとある物に強いよね。だから、80年代終わりなんかはペントハウスのジャーメインとかミュージック・ワークスのガッシー・クラークなんかとよく仕事をしていたよね。ジャーメインもまだスタジオを持ってないし、ミキシング・ラブも無い頃だからダイナミック・サウンズ・スタジオで良く会ったね。

M:だから、色んなところの現場で叩き上げというか、本当にあの人が手を抜いちゃったら他に示しがつかないところもある。

●スティーブンは大体8時間以上かけて1日1曲ミックスだからね。時間が無いときがあって、どうしてもって拝み倒して、1度家に帰らせてシャワー浴びさせて2曲目を朝4時迄やったことが1回だけあったよ。それ以上は耳だってバカになっちゃうしね。

M:そうですね。あれじゃ1日1曲以上は出来ないですよね。結構音もでかくやってますからね。

K:10モニの片方のセンターキャップが、使ってるうちにバリって割れて、でもそれでも続けてましたもんね。「それでいいんだ」みたいな。

M:あともう1人ミックスのエンジニアは、ローランドっていうタフ・ゴングのエンジニアさんに「バビロンクエスト」って曲をやってもらいました。

K:あとは、日本の人でオガタ君って湘南乃風とかやってる人が、3ヶ月くらいタフ・ゴングに修行に行って帰って来てモンゴル800のレコーディングで沖縄に来ていたんですよ。僕もMOOMINも彼の事は知らなくて「ジャマイカに行こう」っていう話しになって、湘南乃風のBKに電話したら、「オガタ君っていうのが今、沖縄にいるよ」って。電話番号聞いて電話したら、「モンパチのレコーディングが終わったら何もプラン無いです」「じゃあ、ホームGのやってよ」って、嘉手納に来てもらって。ガイダンスもバッチリ。それでレコーディングしてミックスも3曲くらいやってもらって。

●たしかD.O.I.君がやってる曲もあったね。

M:D.O.I.君は、2曲やってもらってますね。先に送っておいて、後で行ってちょこちょこ直しってていう感じで。D.O.I.さんも僕は長いので、またやれて嬉しいですよね。

●名前もついて無いうちのスタジオにいたこともあったね、勝手にOVERHEAT STUDIOって名前が付いていたけど。

M:そういう人達とまた出来たっていうのが嬉しいです。堀口君も、ディーン・フレイザーも森俊也さんもそうですね。

K:僕が沖縄に行ってBEGINの(島袋)優さんと仲良くなって、今アルバムを作ってるんですけど、「恋しくて」をカバーさせて下さいって言ったら「いいよ」って。「ウクレレ弾いてもらって良いですか?」って聞いたら、「いいよいいよ」って、あれも結構初期でした。

M:そう、あの曲も始めの頃に録って、色々ピアノ足したり、YANAGIMANのベースを入れたりとかで、ミックスを色んな人に頼んだんですけど、どうもしっくりこなかったんで、森さんにお願いしてしっくりきた。「○くおさ○」っていう曲も森さんがやってる。

K:それはこちらで簡単なトラックを作って送って、リメイク・トラックを作って貰ったって感じですね。

●で、なんかゲームの映画“実写版 忍者じゃじゃ丸くん”の主題歌も決まってるらしいけど。

M:それは、アルバムには、入ってない別曲で「ブレイク・アップ無礼講」っていう。

K:海外の映画祭に出品するので、まだ公開日が決まっていないみたいで。曲は全然レゲエじゃなくて4つ打ちです。もうジャンルレスな世の中になってきていると思うので「変わったのもアルバムに入れようよ」っていう話しで作ったんですけど、ジャマイカまで行って「これが、ここで」って曲順をはめたらその曲だけ「絶対合わないね(笑)」って外しました。

M:今迄の中でいちばんレゲエ色が濃いアルバムかなっていう感じです。

●そうかもしれないね、前はちょっとR&Bとかも入ってたからね。

金子(智行):俺が「すごくどレゲエなアルバムになりましたね」って1回メールしたらKEIN君から「ポップなレゲエでしょ」って返ってきました(笑)。

M:俺が1人で作るとどんどんドープになっていくんですよ。なんかもう不満だらけの世の中に毒を吐きたくなっちゃうんですけど、そこをKEINがけっこう中和してくれるっていうか、どっちかっていうともっと聴く人の立場に立って「こういうのも良いんじゃない」とか。

K:DJなんで「これは、絶対現場でかけないでしょ」とか、「お客さん、これ盛り上がらないでしょ」っていうのを基準に考えていますね。でもやっぱりMOOMINが「ここは俺が伝えたいメッセージなんだ」とか言うからそれを全部グシャってやると嫌な感じになるので、何個かはちゃんと「ここは、入れましょうね」なんて言いながら。

M:お互いその辺の意見も取り入れて色々曲を作っていく上で「次は、こんな曲だよね」っていうのがバランス的に見えてきた。

●今回好きなようにやったわけだけど、レゲエの持ってる何かがインディーズに似合うんだよ。アイランド・レコードだってメジャーじゃないからね。インディーズがでかくなっただけだから。ジャマイカ人の白人、クリス・ブラックウェルがイギリスに行って作ったのがアイランドで、そこからロック、例えばU2、エイミー・ワインハウスだってアイランド・レコードなんだよ。

K:アイランドのコンピにU2入っていましたね。

●そうそう。世界的に音楽の1番最初の面白いのっていうのは、基本インディーズじゃないの?ブルースだって、ロックだって、ヒップホップだってね。Def Jamだって大学の4トラックのレコーダーからスタートして、オフィスって言えないところから。

M:メジャーって数字の世界だから仕方がないのでしょうけど、「これが売れたから、また同じのを出そう」というか、それが流行り続ける、売れ続けるまでそれを出し続けるじゃないですか。結局それってアーティストの個性っていうのを殺していますよね。それは、何かやっぱりそういうのは長続きはしないんじゃないかなっていう気もしますね、でも今まで一緒に仕事してきたメジャーの方達には感謝してますよ。

●育ててくれたのはメジャーなんだけど、でも個々のアーティストに合ったLPを出すタームっていうのはあるよね。MOOMINは、決して早くない人だから(笑)。1年1枚はすごかったね。

M:間違いないですよ、はい。

●それこそ、スティーブンのスタジオに行って、ノート持って寝そべってリリック考えた事もあったもんね。リリックが出来てないってのに、気分転換だって庭でキャッチボールしたね。

M:ね(笑)。大変ですよね。

K:やれば出来るんですね。

M:いやそれが、出来たかどうかっていうのは、分からないけど(笑)。一応形では出来ているけど、後で「こうすりゃ良かったな」っていう風には絶対なったりするから。

K:確かに今度も最初に出来たものからちょっとずつ変わってきましたよね。リリックとかも「ここは、これじゃない、ここはもう1回繰り返した方が良い」みたいのとか、聴いていくうちに。

●だから、本当に今回は良かったんだと思うよ。縛られてないけど、でも自分達で縛るという本当にインディペンデントの良さっていうか、自分達がやった良さで凄く良い結果が出たんじゃないかと思うんだよ。

K:縛る人がいないとこうなっちゃうんでしょうね、でも長い。

M:そこは、時間がどうとかあまり関係なくない?別に6年かかったからって1枚は1枚だし、別に日本人的な考えだったらそこで「6年?」って言うけどガウディのサグラダ・ファミリアに比べたら何てことないです(笑)。

●今回のマスタリングも(ステアリング・サウンドの)トム・コインがやってるし、そういう所もなかなか贅沢だね。そう言えばジャマイカ帰りにソニーの田中(康博,当時の所属ネオサイト・レーベル)さんたちと一緒にNYでトム・コインのところまでマスタリングに行ったことがあったよね。

K:そういうマスタリングでもみんなに「おっ」と言ってもらえたら良いなと。便利なものでもう行かなくてもネットで出来ちゃうんですね。

●というか、もはやそこまではお金をかけられないところだから、ましてインディーズは。

K:僕らは逆にその計算が出来なかったというのが、僕らの強みかもしれないですね(笑)。

M:今、円高なんで多少は(笑)、前程は高くなかった。

K:それでも結構しましたけど、やってるうちに後半金銭感覚がよく分かんなくなってきて(笑)。

K:最初は、ケツメイシとかがやってる所で頼もうねって言ってたんだけど、D.O.I.さんの所で「どうせここまできたら、トム・コインか」って話になって、ネットでちょっと見たら、「ジャスティン・ビーバーもやってるし、ビヨンセもやってるよ」みたいな話しになって。「マジっすか、じゃあ、いっちゃいますか」みたいな、ノリみたいなのもあったかもしれないね。

●アデルも、エイミー・ワインハウスも、シャーデーもやってる人だから。ある意味一番高いスタジオ代だ。でもこのクオリティの上は無いから。

M:映像とかのことを考えたら全然ゼロが1個も2個も違うと思うしね。音だからこれだけ拘れるというか。

K:石井さんにそういう風に言ってもらえるだけでも、かけた価値があった。

M:そのくらいの気合いでやりました。今ってCDはそんなに売れる時代じゃないけど手抜き無しで。

K:そう、ジャケットも、BIG FOOTに描いてもらったんです。

●BIG FOOTね、俺も凄くよく知ってて、今年もこの事務所に来たよ。

K:これはもう3年前に「締切間近で時間が無い、あとロゴだけだから急いでくれ」って言って。でもあの時は本当にそれくらいの勢いだったんですけど。

M:で、全然出さないって言う(笑)。3年経っちゃった(笑)。KEINの奥さんまで、本当にもう出ないと思っていたもんね。出す出す詐欺だったからね。

K:もうちょっとで、トム・コインの分くらい取り返して(笑)。

M:そうね(笑)。やっぱりこれが出たから自分の気持ちも変わってるし。まあお金はついてくるっていうか。金子がいっぱい貯めてるから(笑)。

最後は笑いのオンパレード。金子(智行)君は以前OVERHEATにいたときのMOOMINのマネージャーで、現在はMSエンタテインメントでMOOMINを担当。制作面のパートナーであり共同プロデューサーKEINの存在も良い感じでMOOMINプロジェクトが動き始めた。話を聞いてよく分かったのは、好きな人たちと本当に時間をかけこだわって作ったのが『空き地のヒーロー』だということ。皆さんチェック!