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Linval Thomson
Jah Guiding Star
 
Text & Photo by Simon "Marverick" Buckland
 

90年代Jetstarで最も活躍したA&R、Paul 'Nash' Anthonyの協力のもと、Linval Thompsonが久々にアルバムをリリースした。『The Early Sessions 1974-1982』はタイトル通り70年代後半から80年代前半までに彼が録音したレアなチューン満載のコレクションだ。ボーナスDVDには、Linval自身が彼の音楽的ルーツと、若かった頃の苦労を語ったものや、最近のライヴの様子が収められている。ステージ上の彼はエネルギッシュで現役バリバリといった印象。ご隠居生活はまだまだずっと先のことだろう。
 
セルフ・プロデュース曲や、他のアーティストのプロデュースを手掛ける以前の彼の代表作といえば、70年代中頃にBunny Leeと作ったロッカーズ・スタイルのヒット曲かもしれない。しかし、意外なことに、彼のデビュー曲「No Other Woman」と「Another Man」はNew Yorkの Brooklynで彼自身のバンドが録音したものだ。Linvalは、NY在住の母と一緒に暮らすためにジャマイカを離れた。バンドを組み、NYの音楽シーンで一旗揚げようと目論んでいたのだ。しかし、当時のニューヨーカーはレゲエに対してあまりにも無知だった。Bob Marleyがアメリカでブレイクするまでレゲエはアメリカ人の興味をひくことはなかったのである。
 

「バンドを結成して、毎日ただ歌いたかったんだ。色んな会場で歌ったけど、泣かずとばずだった。僕らはひどく貧乏だったよ」
 
結局、NYで夢破れたThompsonは、レゲエの祖国ジャマイカに戻ってくることになる。1974年のことだ。今度は母国の音楽マーケットを征服しようと思っていた。まず、彼はKeith Hudsonの友人で音楽仲間だったStamma Hobsonと仕事をこなし、後にPhil PrattとLee "Scratch" Perryと共に楽曲作りに励んだ。それらの曲は商業的成功や、評論家の好意的なレビューをThompsonにもたらすことはなかったが(オリジナル盤は現在かなりの高値がつくはずだ)、当時の最も勢いのあったプロデューサー、Bunny Leeの目にとまった。そしてLeeの下、Johnny Clarkeと共に録音した「Don't Cut Off Your Dreadlocks」が彼にとって初のビッグ・ヒットとなる。
 
「Bunny Leeはルーツ音楽の最重要人物だった。私は彼のことを非常にリスペクトしていたよ」
 Leeとの信頼関係が、Thompsonのファースト・アルバム『Don't Cut Off Your Dreadlocks』として実を結ぶ。ルーツ音楽のスターLinval Thompsonの誕生だ。Bunny Leeに勧められThompsonはセルフ・プロデュースにも力を入れる。彼自身マイクを握った曲や、U.Brownとの共演作をレコーディングしたのだが、それらがリリースされることはなかった。そのような状況にもめげずに、彼は次のアルバムの制作に勤しんだ。
 

1978年、彼はアルバム『I Love Marijuana』をTorojanからリリース。このアルバムのヒットにより、一躍トップ・アーティストとしての地位を手に入れる。Big JoeによるDJ用アルバム『African Princess』と、ダブ・アルバム『Niagara Falls』が立続けに好セールスを記録。この3枚のアルバムが起爆剤となり、彼のキャリアは順風万帆となる。そしてSly & Robbie率いるロッカーズ・スタイルのRevolutionariesと共にChannel Oneから次々とアルバムを発表していったのだった。1979〜1983年がThompsonの真の黄金時代だったといえるだろう。彼はRoots Radics Bandを精力的にプロデュースし、数々のヒット・シングルを放った。その頃、彼がプロデュースしたアーティストは、Barrington Levy、Wailing Souls、Freddie McGregor、Viceroys、Meditations、Johnny Osbourneなど、レゲエ界の錚々たる面子が並ぶ。ヴォーカリストとしての仕事はプロデュース業が忙しくなった引き換えに減ったが、Greensleevesからリリースされた1982年の「Look How Me Sexy」や1983年の「Baby Father」で久々にシンガーとしての存在感を示した。
 
"Sleng Teng" がコンピュータによる打ち込みリディムの幕開けを告げると、ルーツ系プロデューサー達の仕事は次第に減っていった。だが、Thompsonは音楽ビジネスで得た資金を賢く不動産投資にあてていたため、収入がゼロになることはなかったようだ。
 
「打ち込みリディムの台頭は、ルーツ系ミュージックのマーケットを縮小させたね。でも、僕はコンピュータを使うことに全く興味はなかったんだ」
 
「80年代後半から90年代にかけてアパートを建設していた。幸い、不動産ビジネスが軌道に乗っていったので助かったよ。音楽だけでは生計が立たなくなっていたんだ。辛抱の日々だったな」
 
「ルーツ音楽のリバイバルが起こった後には、音楽の仕事も増えたね。今はビッグ・ビジネスだ! 僕の場合、カルフォルニアのErnie Bレコードが『僕の昔の音源を買いたい』と、言ってきたことから始まったよ。それからは次々と復刻の話が舞い込んできたな」
 
こうしてThompsonは昔のヒット曲を甦らせることで僕らの元に戻ってきた。彼はレアなディスコ・ミックスや、長いこと廃盤になっていたアルバムのリリースも考えているらしい。また、Barry Brown、Freddie McKay、Eek-A-Mouseや最近録音したThe Congosなど未発売アイテムのリリースも実現しそうだ。新たなトラックをレコーディングしなくても、かつてRoots Radicsと共に作った良質な数々のリディムのロイヤルティが、不動産収入と共に彼の生活を支えてくれるだろう。だから、彼は余裕をもって音楽作りができるのだ。『The Early Sessions 1974-1982』はこれから次々と発売されるであろうThompson音源の先陣を切るアルバムだ。Linval Thomsonが音楽シーンに戻ってきたのだ!
  
『The Early Sessions1974 - 1982』
Linval Thompson

[Hypnotize / TSHCD101]


『Cool Down』
Linval Thompson

[Clocktower]


『Negrea Love Dub』
Linval Thompson

[Trojan]


『Don't Cut Off Your』
Linval Thompson

[Third World]


『Baby Father』
Linval Thompson

[Greensleeves]


『I Love Marijuana』
Linval Thompson

[Trojan]


『Inna De Yard』
Linval Thompson

[Makasound]

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