Straight From True School
Charlie Chase
Interview & Disk Review by Hiroshi Egaitsu
Photo by Great the Kabuki-cho

70年代から80年代にかけて圧倒的な人気を誇っていたブロンクス最高のグループの一つ、コールド・クラッシュ・ブラザーズのDJ、チャーリー・チェイスにインタヴュー。
Charlie Chase(以下C):1978年にジョー・コンゾとは会ったんじゃないかな。その頃、俺はティーン・エイジャーだった。そして俺たちはミュージシャンだった。俺はトム&ジェリーっていう友達と一緒にバンドをやっていた。トムはキーボード・プレイヤーで、サルサ・バーで会ったんだと思うな。で、ある日トムを拾いに彼の家に行ったとき、トムはDJのイクイップメントを持っていて、なんか家の中でDJの練習をしていたんだ。ミックスしていて、ディスコ・ミュージックをプレイしていたんだ。
●ブレイク・ビーツじゃないですね? はっきりさせておくために聞きますが。
C:いいや、まだブレイク・ビーツなんてなかったんだよ、その頃は。まったくなかった……。ともかく、俺は彼がDJしているのを見て、イクイップメントをどのように操作しているのか、その様子にすっかり魅せられてしまったんだ。何回かそれを繰り返したんだ。トムの家に行っては、彼がDJするのを見て、結局、これが俺のやりたいことだって決めたんだな。で、それからDJの手伝いを始めた。
●ブレイク・ビーツを発見したのはいつですか?
C:俺の地元のコミュニティ・センターでローカルなDJがプレイしていたんだ。それでまた、『これこそが俺のやりたいことだ』と思った。それでブレイク・ビーツを集めはじめたんだ。練習を始めたんだ……。その頃、トム&ジェリーに会った頃は75年だとしたら、俺は15歳だったな……。転機は、ディーモン・カレッジでのパーティでDJを任された時にきた。他のDJたちはもう酔っぱらっちゃって、女の子と踊りたいし、『チャーリー、交代してくれよ』って言うんだよ。それで、俺が後をついだ。でも、サルサやディスコ・ミュージックはプレイしないで、ブレイク・ビーツだけをプレイしたんだ。
●おおおおー!
C:大成功さ! みんなが狂ったように踊り始めた。それから1年ぐらい経つと自信もついてきた、ミックスも巧く出来るようになった。それで自分自身でやるようになったんだ。チャーリー・チェイス・パーティを、ホーム・パーティ、小さなソーシャル・クラブ、校庭、色々なところでパーティを始めたんだ。
●コールド・クラッシュ・ブラザーズの結成の話は色々聞いていますが、今振り返ってどう思いますか?
C:出したレコードに関して言えば、すべてが満足ってわけじゃない。「Punk Rock Rap」は俺が全部プロデュースまでしたけど、最後にタフ・シティのコンピレーションに入っている俺名義となっているのはトラックなんて「Fresh, Fly, Wild & Bold」のヴァージョンを勝手に出しただけで、まったく関係ない。俺たちは最高のライヴ・ヒップホップ・グループだったのに、子供でレコード産業ってものが分からなくて、騙されたようなもんだった。
[Special Thanks : Daikanyama SALOON]

当時のフライヤーの数々(資料提供:Johan Kugelburg)
若き日のチャーリー・チェイス(Pic:Joe Conzo)
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