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Junior Kelly
 
 
Interview & Photo by Shizuo "EC" Ishii / Translated by Ichiro Suganuma

 

99年にリリースされた「Love So Nice」で一躍トップ・スターの仲間入りを果たし、その後もコンスタントにヒットを飛ばしているジュニア・ケリーが来日。早速オーバーヒートのオフィスに来てもらった。今回は彼のファウンデーションでもある70年代後半〜80年代前半のサウンドシステムの話題をメインに、熱心に、そして真摯に語ってくれた。
 
●まずRiddim読者に自己紹介を。
Junior Kelly(以下J):本名はKeith Morgan。1970年9月23日、キングストン生まれだ。子供の頃、兄貴のJim Kellyがキラマンジャロとか色々なサウンド(システム)でDJをやっていたお陰でいつも音楽に近い所にいた。兄貴はCharlie ChaplinやSuper Cat等とやっててね、その頃、兄貴達は木曜日にサウンドのトラックに乗り込んで月曜日の朝に帰ってくる生活をしていた。だから俺は月曜日の夕方にツアー先で起こった話を聞くのが本当に楽しみだったんだ。家にはよくSuper CatやEarly B等が来てね、彼らが音楽について語ったり、曲を書いたりする時にいつもそこにいたんだ。音楽を真剣にやろうと曲を作り出したのは俺の兄貴が死んで(83年7月没)2年経った頃だった。サウンドで少しでもやらしてもらえるように必死だったね。でも知っての通り「Love So Nice」のブレイクは2000年で、実際18〜19年位かかった訳だよ。でもその年月は俺にとって最高な時で、自分の順番を待つ事や、謙虚になる事を学んだし、一人前になるのに必要な時間だったよ。
 
●子供の頃に体験したサウンドシステムの雰囲気はどうだったの?
J:あの頃のサウンドシステムはとにかくタフだったね。サウンドシステム間で競いあって、仲間で競争し合ってたから。そういった新しいサウンドが4〜5位あって毎週クラッシュしてたけど、みんな友達みたいなものさ。サウンドのトラックに乗せてもらって廻らなければいけないし、見放されでもしたら他にダンスにいく方法を探さなきゃいけないしね。ラフだったよ。
 
●キラマンジャロって男っぽいっていうか、タフな感じだよね。Josey Walesとはいい友達なんだ。15年前位に彼の初来日をプロモートした事があってね。キラマンジャロでの思い出や体験と言えば?
J:まず、サウンドのオーナー、Mr.Noel "Papa Jaro" Harperが俺の兄貴の事が大好きでね、度々家に来て料理したり、食べたり、笑ったり、吸ったり、曲を作ったり、女性の事を話したりする様な近い存在だったんだ。だから俺がシーンに出てっいった時は歓迎してくれたよ。でも最初からキングの王冠は与えられないんだ。Jim Kellyの弟だから良くしてやろうとか、兄貴の様に特別に扱われるとか、認められるといった事はなかった。とにかく自分で他のアーティストからもリスペクトを勝ち取らなければいけなかったんだ。だけど、いつの頃からか、サウンドシステムがあってそこに所属する色々なアーティストがパフォームするスタイルが少しずつ変わってきた。多分、誰もどうやって変わり始めたかは知らないと思うね。音楽は変革し始めて、時代も移り変わりつつあった。それが良かったっていうアーティストもいれば、そうじゃないって言うアーティストもいる。自分でもよく分らないが、変わってきてた事は確かだった。その変革の一角を担ってたのが、 "WeePow" のStone Loveだった。アーティストが来てパフォームするって言うより、レコードをかけ続けるスタイルだ。セレクターが登場し始めたんだ。以前も勿論セレクター……キラマンジャロにはAinsley Greyみたいな偉大なセレクターもいたけど、その頃に比べるとアーティストがマイクを握る時間が少なくなって、多くの時間に曲をかけるようになっていった。そうしたサウンドスタイルは現在もそうだろ? アーティストが来たら2、3曲パフォーマンスしてまたレコードに戻るみたいに音楽は変わっていったのさ。多分80年代後半、88年にはもうそんな感じだったね。90年代に入って、91、92年の頃にはフルスピードだった。それが根づいていって上昇し始めたのさ。それが良い事か悪い事かは俺には分からない。でも、変化は確実にあって、気付かなければいけないし、認めなきゃいけない。あの時代にはあのスタイルが存在し、今には今のスタイルがある。その変化がポジティヴな事であって、音楽にとってはいい事であったと思っているよ。
 
●最初のレコーディングは?
J:「All Over Her Body」。ラヴ・ソングさ。ラヴ・ソングをやるのは大好きでね。86年だったかな。Neco Recordsからだ。有名なレーベルじゃないけど、俺をプッシュしてくれたんだ。
 
●「Love So Nice」で大ヒットした以降もサウンドシステムでパフォームしてる?
J:勿論だよ。プロモーターがサウンドシステムと場所を押えて、俺にパフォーマンスして欲しいって連絡がくるよ。例えば依頼があってクラブでパフォーマンスする事もあるし、ストリート・パフーマンスしてくれって依頼があり、条件がちゃんと決まればそうする。勿論、出演料だけじゃない。そこに愛があって、スケジュールがあって、移動費もカヴァーできるならどこでも行くよ。やっぱりお金より音楽が重要で、その逆じゃないからね。
 
●ジャマイカという島国で始まったレゲエは現在、全世界で聴かれてるようになったけど、どうしてだと思う?
J:例えば英語圏でない人が最初にレゲエを聴いてレゲエに洗礼を受けたとしたら、やっぱりあのビート、リズムのムーヴメントのせいだと思う。リズム……特にドラム・ビートのパワーとべ−ス、そしてギターもそう、全てが今まで聴いた事がなかったはずだ。そうやって大きなドアが開かれ、もっとその音楽を知りたくなる。英語がそこまで分らない人が聴いたら彼らを動かすのはやっぱりビートだ。そして、好きになればその歌の意味をもっと知りたくなるはずだよね。
 
●では、レコーディングする上で一番大切だと思っている事は?
J:レゲエ・ミュージックで最も大切な事って分るかい? それは国や世界や人々を自由にするっていうメッセージを持っている事なんだ。それは最も重要な事で、もっと自由にとか、ものを良く見て考えようとか、自分やそれぞれの国の問題を理解るべきだってメッセージこそがレゲエを象徴するものだと思う。つまり、レゲエ音楽の一番重要なのはリリックの内容なんだよ。
 
●最新アルバムとなる『Tough Life』はロングセラーを続けているようだね。
J:『Tough Life』は自分のここまでの道を振り返ってみて、自分が育った環境とか友達とか家族とかそういった事をトピックにしたんだ。いつも通りでもあるけど、新しいリリックを取り入れたり、新しいアイデアにトライしたりしてね。だから『Tough Life』では色々な曲が入っている。色々な事があって、色々な人がいるからね。だから色々な考えやメロディが詰まっているんだよ。万華鏡を覗いたみたいにね。皆がそれぞれの曲に思い入れを持ってくれて、より豊かに、実りのある日々の生活になるようこのアルバムが役立ってくれればいいね。このアルバムには18曲も入っているから、きっと1曲くらいは自分に語りかけている曲があるはずだ。これが自分のJunior Kellyの曲だってね。色んな人がこの中から色々な曲を好きだって言ってくれれば、そのアルバムはいい作品だよね。
 
●新しいプロジェクトについて教えて。
J:VPのクリス(社長)は俺に話してもらいたくないと思うけど(笑)。でも特別に教えるよ(笑)。タイトル・トラックは「Prince of Roots」だ。色々なアーティストの作品を聴いてるけど、ルーツ・アーティストとしてスタートしたのに段々変わっていってダレてくる奴が多いんだ。汚く、そして下品にね。ルーツから始めて、トピックは限りなくあって、人々はそのままで好きでいてくれて、それで楽しいのに、わざわざ下品になる必要なんてないだろ? 俺はそうなるのは間違ってると思うんだ。この曲はこれまでと変わらずクリーンなリリックだよ。楽しさや幸せが大切だよって言うリリックだ。クオリティもキープしている。そこが俺にとっては大切なんだ。俺は変わらない。このままずっとだ。勿論、より良くなっていくけどね。
 
『Tough Life』
Junior Kelly

[VP / VP1707]

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