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Unmissable Story extra pieces from Ruffn' Tuff vol.7
Owen Brown

 
Interview by Shizuo "EC" Ishii / Translated by Mizuho Takahashi / Photo by Masataka Ishida
 

この春、DVD化され再び話題を呼んでいる映画『Ruffn' Tuff』の為に取材した数十時間に及ぶテープはインタビュー集として書籍化されているが、その書籍からも頁数の制限でもれてしまった人達の発言を採録する当コーナー。今回からラジオのディスクジョッキーとして長年シーンに携わっているオーウェン・ブラウンの話を2回に渡って紹介。
 
 ジャマイカに自分たちのラジオ局、JBC(Jamaica Broadcasting Cooperation)が開局したのは50年近く前で(※1)、私自身がこの業界に入ったのは40年ぐらい前になるかな。私はJBCとRJRを行き来して、今はまたRJRの所属だ。元々はレコード資料室の勤務だった。レコード資料室にはジャマイカで流通するレコードが全て集まってくる。予想がつくだろうが、レコードを全部聞いて、番組毎にディスク・ジョッキーがオンエアする曲を選ぶ作業をしていると、自然に音楽に詳しくなってくる。資料室で数年の勤務を経て、とうとうディスク・ジョッキーになった。以来、ずっと現役のディスク・ジョッキーだ。だから、今日もあくまでもラジオのディスク・ジョッキーとして話をさせてもらうよ。
 
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 私がラジオの仕事に関わり始めた頃(1960年の初頭)、ジャマイカ人シンガーが歌うのはR&Bなどアメリカの曲のカヴァーだった(※2)。人気はカーティス・メイフィールドのインプレッションズにドリフターズ。ボブ・マーリーの憧れのグループの一つは間違いなくインプレッションズだね。インプレッションズを聞き倒して、丁寧に真似をして、そこから彼は独自の音楽を作り上げていった。でも、あの時代はそれが当たり前だった。メロディアンズもトゥーツ&メイタルズもデズモンド・デッカー&エイセズも、みんなアメリカの音楽にハマっていて、何が流行っているのか、どんなスタイルがあるのか真剣にチェックしていたよ。その意味ではラジオは重要な役割を果たしたと思う。あの頃はどの局でもオンエアの主流はアメリカ産のR&Bだった(※3)。アメリカ産の音楽を流す時間がジャマイカ産の音楽を流す時間よりもはるかに長かったし、ジャマイカに輸入されるアメリカのレコードの数は当時が今よりもずっと多かった。CBS、コロムビア、モータウンにアトランティック。アメリカの大手レコード会社が供給する音楽(※4)が、ここの音楽の大部分だった。そこからジャマイカン・ブギーの時代(※5)に移って、独立前後にスカが登場するまで、純粋な意味でのジャマイカ音楽はオンエアされることは殆どなかったね。
 
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 独立後暫くはスカ一色だ。それからご存知のようにロックステディ。ジャマイカ音楽のオンエア率は高くなったし、ヒットチャートもジャマイカの音楽が上位を占めるようになった。ジャマイカ産のレコードが何万枚も売れたしね。ところが、それでも島全体から見れば、ラジオでもダンスでも、まだまだアメリカの音楽に対する需要は高かったんだ。その状況が劇的に変わるのはやはり、70年代から80年代にかけてだろう。ジャマイカ音楽の革命が始まった。音楽やアーティスト自身が何かを変えようと戦闘的になり、バーニング・スピアやボブ・マーリー、デニス・ブラウンといったアーティストが、音楽の中で“レジスタンス”色をより強めていく。その頃、ジャマイカでは政治活動そのものが過激で好戦的だったが、それがアーティストの意識を変えたのは間違いない。私自身の選曲も変わっていった。ラジオは世の中の動きを敏感に捉えるものだからね。ボブ・マーリーが変革を叫ぶ。ジミー・クリフが主張のある歌を歌う。音楽を取り巻く状況がどんどん変化した。音楽が変われば、その音楽を聞く人たちも変わり始める。ラジオも、その方向へ舵を取った。ダンスホール(サウンド・システム)でもアメリカの音楽よりジャマイカ産のレゲエが圧倒的に好まれた。ジャマイカの人たちは「レゲエには自分たちの叫びを代弁するものがある」と感じたんだ。加えて、レゲエは政治的であると同時に人の感情に訴える音楽だったんだよ。実際にレゲエでは社会で何が起こっているかを実況中継で伝えるような歌詞が多い。この島に暮らす人間には感情移入がし易い。「木々には鳥が、そこには愛が」みたいな歌が全く売れなかったわけじゃないが、あの時代は、「Get up, stand up, stand up for your right」の方がしっくり来たんだよ。
 
 ラジオは変革を促進する手助けにはなったかもしれない。でもラジオが革命を起こしたんじゃない。変革はアーティストの中に起こった。音楽それ自体が立ち上がり、動き始めた。ラジオは取り残されないようについていっただけだ。ラジオは大衆が求めるものをオンエアし続けただけ。こうして、いつのまにか、レゲエはラジオで流れ、サウンドシステムで流れ、この島はレゲエ一色になったわけだ。
 
 革命を起こした象徴的な人物の一人はボブ・マーリー。それは否定しようがない。彼がジャマイカの音楽の中に起こした革命は世界中に衝撃を与えた。彼がツアーを始めた時、間違いなく、世界へのドアが開いたんだ。確かにボブ以前にもデズモンド・デッカーが世界的なヒットを出していたし、ジミー・クリフも成功はしていた。でも、ボブの時代になって初めて「世界を変えよう」という意識が音楽に取り込まれ、そういう音楽が扉を押し開けたんだ。
 
 もう一つ、忘れてはならないことがある。ボブ・マーリーによって、ジャマイカの音楽=ラスタファリアンというイメージが完成した。つまり、レゲエとラスタがこの島の音楽の骨子になったわけだ。この時期は、音楽ビジネスに関わる人たちが何を伝えるのか、自分をどう表現するのかを戦略としてよく考えなければならなくなった時期に一致する。ドレッドヘアなんかしたこともない連中が、進んでドレッドになった。それがこの革命に参加する資格のようなものだったからね。ひとたびボブが世界的なアーティストとして認知されるようになると、みんなが世界を目指すようになった。サード・ワールド、ムタバルーカ、バーニング・スピア、スライ&ロビー、グレース・ジョーンズ、デニス・ブラウンらが、彼の後に続いて飛び立ったよ。[次号に続く] 
 
■DVD
「Ruffn' Tuff 〜 Founders of The Immortal Riddim」DVD
監督:石井 "EC" 志津男
[Dex Entertainment / DXDS-0064]


  
■CD
「Ruffn' Tuff 〜 Founders of The Immortal Riddim」
O.S.T.

[Overheat / OVE-0100]
¥2,625(tax in)カリプソ、スカ、レゲエなど全16曲のベスト・セレクション。

 
■BOOK
「Ruffn' Tuff:ジャマイカン・ミュージックの創造者たち」
監修:石井“EC”志津男
A5判/192ページ

リットーミュージック¥1,890(tax in)

出演者の中から13名のインタヴュー+石井、石田、落合のエッセイ集。

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