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~ LEGENDARY MC ~ GURU
THE TRUE PIONEER OF HIP HOP R.I.P.
 
Interview by Takashi Futatsugi
Photo by Daniel Hastings c Virgin Records USA LTD
 

Gang Starr: DJ Premier (L), Guru (R)
"グールーの偉業"については、すでに多くの追悼特集で取り上げられていることだろう。ここでは生前最後の作品となった『Lost & Found』リリース時(2009年)に行ったインタヴューの中から、そのキャリアの分岐点や、MCとしての在り方などを自身が語った部分を抜粋してお届けすることとする。何よりも"彼自身の言葉"で紹介するのが大切だと思うから。プレミアではないが、唯一無二のモノトーン・ヴォイスで様々な角度から己の哲学を語り、多くの音楽ファンにヒップホップの魅力を伝えてきたグルー。享年48歳。その早すぎた死を悼みたい。
 
●ギャング・スター以前のお話を少しお願いします。まだキース・EMCと名乗っていた頃のことです...。
Guru(以下G):オレはボストンで育って、ボビー・ブラウンやロックステディなんかの故郷でもある、結構ラフなブラック・ネイヴァーフッドで育った。丁度NYでヒップホップが誕生してからすぐにボストンにもヒップホップが伝わったんだ。NYのストリートハスラーなんかがボストンに顔出してたからだと思うけど、たったの4時間のドライヴで行き来できるからね。で、ヒップホップのおかげで、あらゆる人種、それからそれぞれの文化が融合していくのを目の当たりにしたんだ。オレが高校に通ってた頃には人種問題が顕著だったけど、ヒップホップが登場した途端、あらゆる人種が一緒になって、ブレイクダンス・バトルをしたりフリースタイルやグラフィティ、DJをやるようになってったんだ。凄くクールだったね。NYに活動拠点を移した際に、オレにはダッフルバックと1,500ドルだけしかなかった。クリスマスの翌日、雪嵐の中、家を出たんだけど、家族もみんな怒ってた。でも必死になって色んなバイトをして、 ブルックリンのベッドスタイのワンルーム・アパートに住んで、自分の夢を実現させたんだ。
 
●ではそういった進化(成長)過程がやはり、あなたの音楽的スタイルに影響を与えていったんでしょうか?
G:NYに行って初めてオレは完全なアーティストになれたんだと思う。ボストン時代にやっていたことは全て「デモ」だったんだ。インディのワイルド・ピッチとギャング・スターとして契約を結んで、45キングとやったんだけど、あの頃はとにかく自分のレコードをラジオでプレイしてもらいたい!って必死になってた。一緒にやっていた連中たちはボストンを離れたがらずに、オレに全部仕事押し付けて、いいとこだけ持っていこうとしたんだ。そういう彼らに納得いかなかったから離れることにした。
 
●その頃にグールーへとアップデートしたんですか?
G:その通り。ギャング・スターのアルバムを作る前にグールーになったんだ。「Gifted Unlimited Rhymes Universal」のアクロニム(頭字語)だよ。当時ビッグ・ダディ・ケインやラキム、KRS、ランDMC、チャックD、そしてクールGラップとかの影響をもろに受けていた。オレがこの業界に最初にインパクトを与えたのは90年代に入ってからで、ギャング・スターのアルバムをドロップしたときなんだ。
 

「Riddim」1991年9月号 No.101に掲載された、同年の来日時の写真。川崎Club Citta'のバックステージにて。 (Photo by EC)
 
●ギャング・スター「Mostly Tha Voice」の、"声がドープじゃなけりゃチルしてろ!"というあなたのラインに影響を受け、自分なりに発声を意識し成功したMCは沢山います。改めて、あの曲、リリックの重要性についてはどうお考えですか?
G:まさしく"Mostly Tha Voice"だって今でも思うよ。当時よくホーミーたちとドープなMCには何が必要かって話をしてたんだけど、オレがドープだって思うMCたちはみんな独特な声の持ち主で、彼らの声が特別な感情を与えてくれたんだ。MCたちの多くはワンパターンのフローやライムしか持ち合わせてなかったけど、オレの場合は音楽によって変化させてきた。異なったライムのパターンを書いて、ビートやトラックによって使いわけする。でも根底にあるのはVoiceだと思う。オレがMCとして最も重要だと思ってるのは特定のテーマについて表現することなんだけど......グールーとして、自分のパーソナルな経験を題材に、それをもっと多くの人が共感できるように表現することなんだ。社会的なことやアーバン・ライフ、男女関係、あまり政治的内容は扱わないけど、むしろ社会評論的なコメントだったり、自分も逆境を乗り越えてなんとか成功できたから......といったメッセージを伝えたり、そういった(リスナーを)インスパイアしたり励ますような内容のリリックを作ってきたから。マイクを握るたびに、ステージに上るたびに(オーディエンスを)励まし、啓蒙し続けてきたからね。
 
●自分以外でドープな声のMCを5人ほど挙げるとすると?
G:ラキム、スヌープ、それから......DMX、B-リアル、新しいところではヤング・ジージー。 他にもたくさんいるけどね。話が戻るけど、ジャズマタズはグールーの成長に重要な役割を果たしたんだ。'93年当時、ギャング・スターや、他にもア・トライブ・コールド・クエストやピート・ロックとか、みんなジャズのサンプリングをやっていた。そこでオレはこのコンセプトを更に進化させるべく、ジャズ・アーティストたちをスタジオに招いて、ビートにあわせて演奏したり、全ての要素を融合してみたんだ。もともとヒップホップからスタートしたんだけど、それからR&B、ファンク、ソウル、それからレゲエといったジャンルにまで発展したんだ。
 
●7グランドを立ち上げて一番変わったことはなんですか?
G:一番変わったことは、ただアーティストでいるっていうだけでなく、自分の自身のボスになるということ、世界中にいるスタッフたちの面倒をみるという新しい責任を持ったことだね。それに、ただ音楽を作るだけじゃなくて、ヒップホップにバランスを与えたい。大企業の歯車になってしまう可能性もあったんだけど、実際に今まで全て自分たちの手だけでやってきたんだ。自分たちなりの尊厳、完全性を守りたかったから。というのもそれこそがヒップホップが見失ってきたものだと思う。
 
●新作のタイトルを『忘れ物拾得所(Lost & Found)』にした理由もそうですか?
G:何処にいっても「今のヒップホップにはうんざりしてる。メインストリームはコマーシャル要素の濃い作品ばっかりだ」とかって話をよく耳にしてたから、ヒップホップは忘れ物のようにどこかに姿をくらましてたんじゃないかと思ってね。でも7グランドで見つかったんだ。このアルバムを通じてヒップホップ界にオレたちなりの貢献をしたいと思ったんだ。それは全てカルチャーへの愛からきてるもので、とにかくアートの形、それからカルチャーというものに忠実でいたい、ただそれだけなんだ。オレはそういった気持ちを絶対失わずに、またストリートとの繋がりも絶やさずにやってきたんだ。だから意欲(ハンガー)と気力は常に持ち続けていけると思うし、(アート/カルチャーへの)愛は絶えることなくオレの中に在り続けると思うよ。
 
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